■2月7日■ ~3つのドブレセンティード~
今日のオープンクラス。 遠くから そして近くからも勇気を持って(笑)受けに来て下さり、私も とても嬉しかった。
折角 広島まで来てるのだから!と、みんなで お好み焼きを食べながら色々な話になった。
ドブレ センティード。直訳すれば、二重の感覚。
フラメンコにおいて、この言葉に関係する 三つの話。。
昼時の話題にものぼったので記したいと思う。
まず一つ。歌詞など表向きの読んだままの意味と そのままでは分からない真意。
を含めたものに対して この言葉がよく使われる。
そして二つ。フラメンコ達は〔唄い手やギタリスタ〕『仕事をする』と『フラメンコをする』と 云う表現を使い分ける。
仕事において、フラメンコが出来るよう整った環境と そうでない環境とがある。〔大概が踊り手に責任ある場合が多い〕 どちらにしても金銭の やりとりが発生するわけだから 引き受けたからには、やらねばならない。
自分を発揮出来ない場所に居らざるを得ない場合、『仕事をする』と皮肉たっぷりに、このフレーズを用い己を納得させる。
そして三つ目。 フラメンコの世界では 先生は自己申告で なれる。
社会常識からすれば かなり ずれた枠で存在している。 それだけに 色んな『流派(笑)』がある。
そんな色んな 『流派』→〔こう、認めたような書き方はしたくないが〕の中にも スゴい ドブレセンティードの使い手がいる。
フラメンコがまだ分からない人達や生徒に対しては フラメンコ。と云う言葉を用い クラスなり 発表会なり展開し でも フラメンコ濃度の濃い場では 自分への逃げ道も含め「うちはスペイン舞踊ですから~」とか 「カルチャーですから~」と、云ってしまうこの 恐ろしい使い分け。
でも そんな 使い分け名手の お陰で フラメンコではない ダンスを踊る自分が好きで 舞台にたちたい人達が量産される。 習う人に罪はないが…。
こういった巧みな使い分けが成り立つ世界。あな恐ろしや。


